「ほっ」と。キャンペーン

月に叢雲 花に嵐

花火の歴史と化学

打ち上げ花火は今日では日本の夏の風物詩となっているが、
その歴史は今ひとつ良くわかっていない。
室町時代には唐人が打ち上げたと言う記録が残っているが、
それが昨今の打ち上げ花火といって良いものであったのかは不明である。
大会と言うかたちでは、1733年に徳川吉宗が、
隅田川で疫病の死者の霊を慰めるために催した
水神祭りの際に打ち上げた花火が隅田川花火大会となったという。

玉屋鍵屋…と言われているが、
これは江戸時代の花火のお家元のことで、
玉屋は1843年に失火騒ぎを起こし、お家断絶。
鍵屋は家名は存続しているが、現在は花火は製造しておらず打ち上げ専門になっている。

戦国時代、火縄銃の普及により、火薬が大量に生産されていたが、
江戸時代になると、徳川家領を除き生産は制限されたようだ。
また戦争中、隅田川花火大会も中止され、
戦後もGHQにより火薬の製造が禁止されたこともあった。
これらの危機を乗り越え、現在では各地で花火大会が開催されているが、
この花火の世界でも安い中国製が席巻しており、
今では国内で生産される花火よりも中国から輸入されるものの方が多いようだ。

b0084270_22152224.jpg


b0084270_22152617.jpg


b0084270_22153017.jpg


b0084270_22153532.jpg


b0084270_22153897.jpg


b0084270_22154026.jpg


b0084270_22154531.jpg


b0084270_22154966.jpg


b0084270_22155251.jpg


b0084270_22155633.jpg


今でこそ色とりどりな花火ではあるが、
現在のようにカラフルになったのは明治以降である。
花火の発色には金属の炎色反応が利用されている。
一例を挙げると、
赤色は炭酸ストロンチウム
青色は酸化銅
黄色は炭酸カルシウム
…等を火薬に混ぜることにより発色を得ている。
(ストロンチウムは放射性ではないので念のため)

花火を打ち上げるには球状の花火本体と、
大筒の要領で、打ち上げるための装置が要る。
日本の花火の多くが球状であるがゆえに、
同心円状に火花が広がり、
どの角度から見ても同じような形に見ることができる。

色が変わる花火は大きな玉名の中に、層状に小さな星を配置することで実現している。
外壁や層を分ける敷居は紙でできており、
あの高さまで打ち上げるには、打ち上げ時にそれなりに負荷がかかるわけで、
打ち上げ途中でバラバラになったりしないのは、
当然のようで凄いことなのかもしれない。

日本の夏の夜空を艶やかに彩る打ち上げ花火。
芭蕉の句のおもしろうてやがて悲しき…を体現した行事と言える。
願わくば末永く続いて欲しいものである。

写真ブログネイチャーフォト
[PR]
by murakumolabo | 2012-08-19 23:41 | 写真日記